『となりのトトロ』が公開された1988年4月16日から、38年の月日が流れました。次回の金曜ロードショーで、あのトトロが再び帰ってきます。
自然の神秘と懐かしい日本の田園風景、そして言葉を超えて心に届く、愛嬌のあるトトロの姿。子どもたちの目を通して描かれたその世界は、時代も国境も超え、老若男女を問わず、世界中の人々に安らぎと温かさを与えてきました。公開から38年が経った今もなお、金曜ロードショーで放送されるのは、この作品が持つリアルに描いた普遍的な世界にあるのでしょう。
しかし、私たちの知っているトトロは、私たちが知っているトトロは、本当のトトロなのでしょうか。
実は、あの愛らしいキャラクター設定の裏には、日本創世記まで遡るほどの壮大な歴史が隠されています。更には、『となりのトトロ』で描ききれなかった宮崎駿監督の構想が、『もののけ姫』の制作に発展したという事実も見えてきます。
今回は、公式資料『ジブリの教科書』や宮崎監督・鈴木敏夫プロデューサーへのインタビューをもとに、『となりのトトロ』の制作背景と真意を考察していきます。金曜ロードショーの放送前にこの記事を読んでおけば、今まで気づかなかったトトロの本質に触れながら、新鮮な驚きを感じるはずです。
目次
【金ロー2026】大人だけが気づく『となりのトトロ』の謎|公式資料で考察

『となりのトトロ』基本情報
公開日:1988年4月16日
監督・原作・脚本:宮崎駿
制作:スタジオジブリ(長編第4作)
音楽:久石譲
声の出演:日高のり子 ⋅ 坂本千夏 ⋅ 糸井重里 ⋅ 島本須美 ⋅ 北林谷栄 ⋅ 高木 均
主題歌:「さんぽ」(歌:井上あずみ)
上映時間:約86分
配給:東宝
公開時興行収入:約11.7億円(配給収入:5.9億円)
あらすじ

昭和28年(1953)ごろ、入院中の母のために、考古学を研究する父・タツオと姉のサツキ、幼い妹のメイは、母の入院する病院に近い田舎へと引っ越してきます。新しい家での暮らしに胸を躍らせる姉妹は、やがて森の奥に住む不思議な生きものたちと出会います。メイは最初に出会った大きな生きものに「トトロ」と名付け、姉のサツキもバス停で雨の夜にトトロに遭遇します。ある日、一時帰宅ができなくなった母の容態を案じたメイが一人で出かけますが、迷子になります。サツキは必死に妹を探しますが見つからず、トトロに助けを求めますがーーー。
『となりのトトロ』の制作秘話
母親の病気と宮崎監督の原体験

サツキとメイの母親が病気で療養している設定は、宮崎監督の少年時代に結核(脊椎カリエス)を患った母親と過ごした個人的な実体験が色濃く反映されていました。
『となりのトトロ』を理解するために、宮崎監督の少年時代を振り返る必要があります。

参考文献:「となりのトトロ ロマンアルバム」
宮崎:ぼくの母親はカリエスを患いましてね。
半藤:正岡子規も罹ったカリエスですね。あの病気は痛みが酷いのですってね。
宮崎:ぼくが小学校三年生ぐらいのときに腰が痛くなって、入退院をくり返しました。(中略)母親はぼくが小学校時代には起きることができず、中学校のときも無理で、 起き上がって家の中を歩くようになったのは高校時代の終わりごろじゃないかと思います。長患いでした。
半藤:そうすると少年時代の記憶にあるお母さんは、ほとんど寝ていらっしゃる。
宮崎:そうですね。僕が小学校三年生のときから、人型のギブスを敷いてその上に寝てい る。ずーっと母親はそうでした。でも寝ている母親といろいろ話をしました。それこそ「文藝春秋」を読んでいるような母親でしたから。
結核という病気が宮崎少年にとって途轍もない影響を与えたことが想像できます。宮崎監督の母上は、約10年間病床に伏していました。宮崎さんが小学三年生の頃から高校三年生までの間だったと言います。当時のことを、宮崎監督は語っています。
参考文献:「となりのトトロ ロマンアルバム」
宮崎:「自分の子ども時代のこととか、子どもがまだ小さかったころとか、今は大きくなった甥や姪たちがやったこととかいろんなことをいっぱい思い出しましたね。(中略)そういうものがよく集まってできたのが『となりのトトロ』なんです。お袋が入院しててね、そういうときの学校から帰ってきてガランとした家の淋しさみたいのは、自分の体験でしっかりありますからね…」

サツキの年齢設定は小学六年生です。初期には、小学四年生だったそうですが、あまりにもしっかりしているので、六年生にしたそうです。ちなみにサツキに宮崎監督自身の過去の姿を投影していることは明らかになっています。

参考文献:鈴木敏夫「仕事道楽 新版 スタジオジブリの現場」 岩波新書
Q. サツキは、本当の四年生からすると、ずいぶんお姉さんになっていますね。
宮崎:お姉さんにならざるをえないんですよ。ああいう境遇の子どもは。(中略)じゃあサツキがあれで10歳かと言われたら、どうかと思うけど、でも10歳の子はあれぐらいのつもりで生きてますよ。たぶんそうだと思う。10歳は台所できますよ。僕、やったもの。掃除もやったしね、風呂も焚いたし、料理も作りましたよ…。
古代から連綿と続いてきた美しい自然を表現したのが『となりのトトロ』
宮崎監督はインタビューで、トトロの作品では、日本の自然に対する「感謝」と「愛情」を表現したかったと言っています。
宮崎監督:
『トトロ』を作りたいというよりも、自分が今まで無視してきた、日本の自然に対する感謝と愛情を表現したいと思ったんです。
そういう映画を作りたいと思ったのが出発点だったんです。あのバス停で、お父さんが帰ってくるのを待ってると、横に不思議なものがやって来る。そういうシーンの断片と、小さな女の子が庭に立っていると、半透明の変なものが通っていく。その二つのイメージだけがあって、そのまま10年以上、自分のスケッチブックの中に眠っていたんです。

そのバス停で待っている子は、大きいんですよね。だって、そんな小さな子が、迎えに行くはずがない。でも、目の前をトトロが通っていく子は、小さい子じゃなきゃいけない。で、二人出てきて、どうしようって。あとで考えたら、姉妹にすれば良いんだって、突然解決がついたんですけど、「どうしよう」のまま本当に長い間ほったらかしになってました。
その10年間の間にずいぶん自分の家の周りを歩いたり、ほかのところに行ったときも風景を気をつけて見るようになりました。それで、これはひょっとしたら、映画に使えるんではないかとか。そういうことで、ずいぶんいろいろ貯めましたから、なかなか企画が通らなかったんですが、企画がなかなか通らなくて良かったんだと思いますね。
キャラクターに関しては、見たことのないものですから、適当に描いて(笑)。ただ、賢いんだか、馬鹿なんだかわからない、大きなもので、いるんだか、いないんだかわからない、そういうものを作りたいと思ったんです。
スタッフが描くときに、ものを見ている眼を描くなって。どこか遠くを見ているのか、見ていないのか、そういう眼を描くようにって、いつも言ってました。
🔼Youtube:宮崎駿が語る『となりのトトロ』制作秘話
裏設定と真意
①トトロという存在

トトロという名前はメイが絵本からとったものであり、この生き物に名前がそもそもないと監督は明かしています。
②時代設定への想い
昭和30年代の日本の原風景を描いたのは、ノスタルジーではなく、テレビのない時代を今の子どもたちに見せて、「草花で遊んだり、木に登ったりできる世界がある」ことを伝えるためでした。
③最初は姉妹の話ではなかった
最初は一人の少女とトトロの話だったそう。その証拠に劇場公開のポスターに少女1人が描かれています。

宮崎監督がトトロと少女の出会いの場面を昼間と夜のバス停の二通りを思い付き、その両方を採用させようとして姉妹に変更したと言われています。サツキとメイの名前ですが、二人とも「五月」にちなんでつけられています。
④おばあちゃんの存在

カンタのおばあちゃんですが、宮崎駿監督はこのおばあちゃんがサツキの家の中の構造に詳しいのは、かつてこの家に女中奉公していたという設定があるからと言います。また、おばあちゃん自身も幼き頃に「まっくろくろすけ」を見ています。
⑤トトロは古代の神様⁉
トトロは人類より先に日本に住み、縄文時代になると、人間と共存し、うまく付き合ってきました。その証拠に、トトロの住処には縄文土器が所々に置いてあるのが分かります。

トトロが懐から大きな鉄のコマを取り出し、ビューンと回してそのコマに乗るシーンがあります。宮崎監督が言うには、このコマは空をとぶための道具ではないそうです。実は、トトロが江戸時代に一緒に遊んでいた男の子からもらったものという設定だそうです。

宮崎監督インタビューより:
トトロも縄文人から縄文土器を習って、江戸時代に遊んだ男の子の真似をしてコマ回しをやってるでしょう。
トトロは3千年も生きてますから、本人にとってはついこの間、習ったことなんです。
トトロはコマに乗って飛ぶと思ってしまいますが、実はトトロには飛行能力が備わっているようです。
コマだけでなく、カサもサツキからもらった道具なんです。しかも、本来の用途とは関係なく、すべてを「遊び道具」や「楽器」として考えているのがトトロなのです。傘に落ちる雨音を聞いたトトロは興奮していましたね。しかし、縄文土器だけは、正しく使っているようです(笑)。

⑥メイとカンタのおばあちゃん
宮崎監督はインタビューでこんなことも言っていました。
ひょっとしたら、カンタのばあちゃんが親に叱られて泣いて歩いていた時、トトロに会ってるかもしれない。
トトロはひょっとしたら、小さい時のばあちゃんとメイを同じ女の子だと思っているのかもしれない。

どうも、その辺りに住む人たちは皆、幼少期にトトロと遊んだことがあるかもしれないという設定のようです。つまり、トトロは古代から日本に住んでいた森の神様で、縄文人と共存共栄していた。ところが、渡来人がやってきて、水田稲作やたたら製鉄が大陸から伝わり、自然破壊が進むにつれ、トトロたち一族は人間と戦争になり、結果滅ぼされました。この作品に登場するトトロはまさに、最後の生き残りと言われています。
⑦ネコバスの今と昔

ネコバスの正体は日本の神々様の一つだそうです。宮崎監督は、日本の神々はなんと「新しいもの好き」ということで、江戸時代は駕籠屋に化けていたそうですが、現代はバスを見てバスの姿や行動を真似をする設定になっています。
⑧メイのトウモロコシ

メイがお母さんにトウモロコシを一人で届けに行こうとして迷子になります。サツキはトトロにお願いしてネコバスの助けを借りることに。その後、メイを見つけ出し、お母さんに無事にトウモロコシを届けるというシーンがあります。実際には会わずに木の枝に座って母と父の様子を眺めているのですが…。
参考文献:「となりのトトロ ロマンアルバム」
メイがトウモロコシを届けに行き、迷子になってしまうことについて宮崎監督は次のように言っています。
ああいうことってのは、みんな子どものときに一度や二度は経験しているんじゃないかと思うんです。
自分の母親が病気であり、どうしても治ってほしいという純粋な気持ちを子どもの頃に抱いていた記憶が、少年時代の宮崎監督にあって、その体験がこの作品の中の「トウモロコシ」となって表れているのかもしれません。
きっと、宮崎少年もメイと同じ気持ちを味わったに違いありません。さらには、メイが一人でトウモロコシを持っていくことすらできないという現実…。そんな無力な子どもという側面も描写されていて、子ども心にも無力感や自分の力の限界に対する苦しさや悲しさも観る側に伝わってきます。





