6年前、デイミアン・チャゼル監督は、ロサンゼルスを舞台にした色鮮やかで且つ魅惑的な心に響くラブストーリー『ラ・ラ・ランド』を世に送り出しました。この作品はアカデミー賞を多数受賞し、21世紀最高のミュージカル映画のひとつとして、今も高く評価されています。
また、2023年2月にネットフリックス(Netflix)に登場して以来、ネットで観られる最高傑作のひとつとして再注目されています。初めて劇場で観て感動した方の中には、久しぶりに視聴される人も多いのではないでしょうか。そんな皆さんのために、今回は『ラ・ラ・ランド』がどのようにして脚本から映像へと昇華されたのか、そして映画を制作した舞台裏について10のトリビアをご紹介します。
『ラ・ラ・ランド』舞台裏の10の事実とは…

基本情報
題名:ラ・ラ・ランド(La La Land)128分
公開日:2016年12月9日(米国)、2017年2月24日(日本)
監督・脚本:デイミアン・チャゼル
制作:フレッド・バーガー、ジョーダン・ホロウィッツ、ゲイリー・ギルバート、マーク・プラット
出演者:ライアン・ゴズリング、エマ・ストーン、ジョン・レジェンド、ローズマリー・デウィット、J・K・シモンズ
音楽:ジャスティン・ハーウィッツ
あらすじ
夢を追う二人の切ない恋物語。舞台は現代のロサンゼルス。ジャズピアニストのセバスチャンは、自分の店を持つ夢を抱きながら、場末のバーで演奏する日々。女優志望のミアは、カフェで働きながらオーディションに挑戦し続けている。偶然の出会いを重ねた二人は、互いの夢に惹かれ合い、やがて恋に落ちる。夢を支え合う中で成功へと近づいていくが、それぞれの道を選ぶ時がやがて訪れる…。

音楽とダンス、鮮やかな映像美に彩られた本作は、ただの恋愛映画ではなく、人生の選択とその先にある希望と余韻を描き出す、現代ミュージカルの傑作です。
押さえておきたい舞台裏の10の真実
① ハーバード時代に始まった『ラ・ラ・ランド』の構想
デイミアン・チャゼル監督はハーバード大学在学中に『ラ・ラ・ランド』の原型となる作品に取り組んでいました。彼の同級生であり、のちに『セッション』を皮切りにチャゼル作品すべての音楽を手がけることになるジャスティン・ハーウィッツと共に、卒業制作として『ガイ&マデリン・オン・ア・パーク・ベンチ』という、ボストンのジャズミュージシャンを題材にした映画を完成させました。

2010年、彼らは夢を追ってロサンゼルスに移住します。チャゼルはその後、映画の舞台をロサンゼルスに移すことに決めましたが、すぐに知られた楽曲が一切登場しないオリジナルのミュージカル、ましてやジャズが中心となる作品には、誰も資金を出したがらないという現実に直面します。当然ながら、彼の挑戦はここからが本番だったのです。
② 脚本執筆後、チャゼルが受け取った“最悪のアドバイス”
映画制作では、監督が周囲からフィードバックを受けるのは珍しいことではありません。映画関係者やスタジオ、さらにはテスト観客の声が、作品の内容に影響を与えることも多々あります。
しかし、時として的外れなコメントが飛んでくることも。チャゼルが『ラ・ラ・ランド』の脚本を執筆中、ある人物からこんな指摘を受けたと、2017年の「PGAプロデュースド・バイ・カンファレンス」(Deadlineより)で語っています。
「これってジャズである必要あるの?」
一見シンプルなコメントですが、この映画からジャズを取り除くというのは、作品の核を失うに等しいこと。結果として、チャゼルがその“助言”を無視したのは大正解だったと言えるでしょう。
③ ライオンズゲート幹部から「もっと予算を増やせ」と言われた
通常、ハリウッドの現場では「いかに予算を削るか」が議論の的になりますが、『ラ・ラ・ランド』ではまったく逆の現象が起きました。
2016年12月にスクリーンデイリー(ScreenDaily)に掲載された特集記事で、プロデューサーのフレッド・バーガーは、ライオンズゲートから映画の製作が正式に決定された際、スタジオ側から「より良い作品にするために予算を3,000万ドル(45億円くらい)まで引き上げてほしい」と提案されたことを明かしています。
同じくプロデューサーのジョーダン・ホロウィッツも、当初は制作チーム側が規模を縮小しようとしたものの、スタジオが「もっと攻めろ」「適切な方法で撮影しろ」と強くプッシュしてくれたと述べています。
この判断によって、少なくとも1〜2曲の音楽シーンが救われたとバーガーは語っています。
④ マイルズ・テラーとエマ・ワトソンが『ラ・ラ・ランド』の主演候補だった
ライアン・ゴズリングとエマ・ストーンは『ラ・ラ・ランド』でキャリア屈指の快演を披露しましたが、実はこれらの役を当初は別の俳優たちにオファーしていました。
2016年9月、映画の全米公開が迫っていた頃、『ハリウッド・リポーター(The Hollywood Reporter)』は、マイルズ・テラーとエマ・ワトソンが、セブ・ワイルダーとミア・ドーランの役に起用される予定だったと報じました。しかし、さまざまな事情により2人とも降板することになります。

ワトソン本人は2017年3月の『エンターテインメントウィークリー(Entertainment Weekly)』のインタビューで、「すでにディズニー版『美女と野獣』の出演が決まっており、スケジュール的に両方に出演するのは不可能だった」と明かしています。
一方、マイルズ・テラーの降板理由ははっきりしておらず、「ギャラの折り合いがつかなかった」「作品の方向性と合わなかった」など諸説あります。彼は2017年10月の『ヴァルチャー(Vulture)』のインタビューで、「チャゼルと作品には非常に忠実だった」とコメントしていますが、それ以上の詳細には触れていません。
⑤ ミアのオーディション中断シーンは、ゴズリング自身の体験が元ネタ

映画の中でも印象的なシーンのひとつに、ミアが感情を込めてオーディションをしている最中、突然スタッフに中断される場面があります。実はこのシーンにはライアン・ゴズリング自身の実体験が元になっています。
映画公開時、『ロサンゼルスタイムズ(Los Angeles Times)』のインタビューでゴズリングは次のように語りました。
「ある有名なキャスティング・ディレクターのオーディションを受けた時、親しい人が亡くなったという設定シーンで、前夜から感情を作り込んで臨んだんです。でも、演技の途中で彼女の携帯が鳴り、彼女はそのまま電話に出て会話を始めたんですよ。泣くのをやめるべきか、続けるべきか分からず戸惑いましたね。結局彼女は『じゃあ続きからどうぞ』って。」
この経験がこのシーンに活かされ、より一層リアリティを生み出しています。
⑥ 「A Lovely Night」のダンスシーンはたった4テイクで完成!

セブとミアが一緒に歌って踊る最初のナンバー「A Lovely Night」は、『ラ・ラ・ランド』を象徴する名シーンのひとつ。キャッチーなメロディ、美しい振付け、そしてロサンゼルスの夕焼けが織りなす幻想的な映像は、多くの観客の心を掴みました。
実はこのシーンにはグリーンスクリーンなどのCGを使用せず、実際の夕暮れ時(ゴールデンアワー)に撮影されたものでした。
『ハリウッド・リポーター(The Hollywood Reporter)』によると、撮影監督ライナス・サンドグレンは、日没直前の限られた時間に、2日間にわたり2テイクずつ、合計4回だけ撮影したといいます。タイミングと光の条件がすべて揃わなければ成立しないため、俳優たちはもちろん、クレーンカメラを操作する技術スタッフもすべての動きを27のマークに合わせて完璧にこなさなければなりませんでした。
最終的に、4回目のテイクが映画に採用されたそうです。何度もリハーサルを重ねて挑んだ努力の結晶ですね。
⑦ 撮影監督サンドグレンが生み出した『ラ・ラ・ランド』ならではの色彩美
この映画が古き良きハリウッド・ミュージカルのようなビジュアルを持っているのは、監督のチャゼルが「フィルム撮影」に強くこだわったからです。
公開後のKodakのインタビューで、撮影監督のサンドグレンはこう語っています。
▶インタビューはこちらから→KODAKメールマガジン:撮影監督 リヌス・サンドグレン
映画『ラ・ラ・ランド』 ― シネマスコープ撮影が古き良きハリウッドのロマンスを鮮やかに描き出す
「夜のシーンでは、グリーンとブルーの光を活用して、ピンク色の“マジックアワー”の空と対比させたんです。あのムホランド・ドライブでのダンスシーンも、空がCGに見えるかもしれませんが、すべて本物なんですよ。」
フィルム特有の深みある色合いは、夜のシーンに夢のような美しさと奥行きを与え、作品全体のトーンを支えています。
「エンジェルス・フライト」のシーンは、たった1日で撮影された

ミアとセブが恋に落ちる過程を描いたモンタージュの中で、ふたりがロサンゼルスの街を巡る印象的なシーンがあります。その中でも、坂道を登るケーブルカー「エンジェルス・フライト」に乗って、山の上の駅で踊るシーンはとてもロマンチックですね。
しかし、このケーブルカーは当時、2013年の脱線事故の影響で3年間運休していたのです。ところがチャゼル監督は諦めませんでした。『ニューヨーク・タイムズ』によると、制作チームは粘り強く交渉を重ね、たった1日限定で運行を再開してもらうことに成功。その限られた時間で、短くも印象的なシーンを撮影したのです。
ほんの数秒のシーンにも、細やかな準備と情熱が詰まっているのが『ラ・ラ・ランド』の魅力ですね。
⑧ 音楽のプロ・ジョン・レジェンドがギターを猛特訓!
『ラ・ラ・ランド』には、数々の音楽の名場面がありますが、その中で印象的なのが、セブのバンド仲間・キースを演じたジョン・レジェンドのステージシーン。言わずと知れたEGOT(エミー・グラミー・オスカー・トニー賞すべてを受賞した人に与えられる称号)受賞の音楽のプロである彼ですが、実はこの映画のために“あること”を一から学び直しました。

それはギター演奏でした。ピアノの名手であり作曲家でもある彼ですが、劇中ではギターを演奏するシーンがあり、撮影前にギターレッスンを受け、役に挑んだそうです。舞台上で自然に見えるよう、しっかりと練習を重ねたと言います。このこだわりが、映像によりリアリティを与えているんですね。

⑨ キャスト&クルーが「毎日観ていた」名作映画
『ラ・ラ・ランド』がこれほどまでに感動的でエネルギッシュな理由のひとつに、インスピレーションの源がありました。それは、クラシック・ハリウッドミュージカルの金字塔『雨に唄えば(Singin’ in the Rain)』です。

この映画は1952年に公開され、当時から今日に至るまで、ミュージカル映画の代表作として有名です。しかも、なんと『ラ・ラ・ランド』のキャストとスタッフたちは、撮影中に毎日この映画を観ていて、そのエネルギーとパワーを吸収していました。
特にライアン・ゴズリングは、2017年のパームスプリングス映画祭で名女優デビー・レイノルズに向けてこの事実を明かしました。「彼女の才能に敬意を表して、みんなで毎日観ていたんだ」と。
『雨に唄えば』が持つエネルギーと、色鮮やかなダンスシーンから受けた影響は、確実に『ラ・ラ・ランド』のダンスナンバーにも反映されています。
⑩ 1回のテイクで撮影された「A Lovely Night」のダンスシーン

『ラ・ラ・ランド』の中でも特に印象深いシーンが、「A Lovely Night」のダンスシーン。このシーンは、セバスチャン(ライアン・ゴズリング)とミア(エマ・ストーン)がロサンゼルスの夕焼けの中で踊る場面で、多くの観客の心を掴みました。このロマンチックで夢幻的なシーン、実はたった4テイクで撮影されたというから驚きです!

DPのリナス・サンドグレンによれば、「ゴールデンアワー」の光を最大限に活かすため、撮影は7時20分と7時30分の2回に分けて行われました。もちろん、このシーンを完成させるためには、27か所のマークを正確に踏んでいく必要があり、何度もリハーサルを重ねたとのこと。しかし、無事に成功し、最終的に4回目のテイクが採用されたそうです。
このシーンが持つ優雅さや美しさは、単なる映像の魅力にとどまらず、役者とスタッフの緻密な計画と努力の賜物でした。
『ラ・ラ・ランド』のロケ地ベスト3
第1位:グリフィス天文台(Griffith Observatory)

登場シーン:ミアとセバスチャンが空中でダンスをする幻想的なデートシーン。
サブ情報:
・ロサンゼルスの絶景を一望できる定番観光地。
・1955年の映画『理由なき反抗』にも登場し、ハリウッド映画の聖地としても有名。
・夜景が美しく、映画さながらのロマンチックな体験ができるスポット。

ロサンゼルスの街を一望できるおすすめのロケーション。
第2位:カセドラル通りの陸橋(Cathy's Corner)

登場シーン:「A Lovely Night」でミアとセブが踊る夕暮れの名シーン。
サブ情報:
・ロサンゼルス北部にある、やや見つけにくい住宅街の坂道。
・映画ではCGを使わず、実際の“マジックアワー”で撮影。
・ファンの間では“ラ・ラ・ランド坂”として親しまれ、聖地巡礼スポットになっている。
第3位:エンジェルズ・フライト(Angels Flight Railway)

登場シーン:ミアとセブがデートで乗る短いケーブルカーのシーン。
サブ情報:
・全長わずか91m、全米一短い鉄道とも言われるロサンゼルスの名物。
・2013年に一時閉鎖されていたが、映画のために1日だけ再稼働。
・現在は再開されており、実際に乗車可能。
まとめ
これで『ラ・ラ・ランド』の裏側の小さな秘密がちょっぴり明らかになりました!興味が湧いたら、ぜひもう一度映画を観返して、これらの素晴らしい名シーンに思いを馳せてみてくださいね。
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🔶福永 あみ / Ami Fukunaga🔶
フリーランスライター兼ディレクター/英語講師
証券会社勤務を経て渡米し、ロサンゼルスの大学でテレビや映画を学ぶ。現地では執筆活動や映像制作に携わり、ライフワークとして日系アメリカ人の歴史の取材も行う。2011年に帰国後、出版社やNHKワールドジャパンなどで勤務。現在はフリーランスとして、英語講師やディレクター業の傍ら、ブログ「カルカフェ」を運営中。
神社仏閣や伝統工芸、美術、陶芸、ヨガなど、日本文化や暮らしを丁寧に楽しむライフスタイルを大切にしている。2019年には神社検定弐級を取得。最近は、日本の歴史を改めて学び直し中です。
このブログでは、そんな日々の学びや旅、映画やアートのことまで、心に響いたことを自由に綴っています。あなたの暮らしにも、小さな発見や癒しが届きますように——。