自然に恵まれた美しい箱根の地に箱根美術館があります。ここでは、縄文土器や埴輪、そして鎌倉や室町時代のやきものなど、日本の古陶磁器のコレクションを堪能できます。
前回に引き続き、今回はその3として、渥美、瀬戸、信楽などに焦点を当て、これらの地域ごとに細部まで掘り下げていきます。自然と歴史が織りなす美術館巡りをどうぞお楽しみください。
前回の記事を見逃した方はこちらの「オススメ美術館シリーズ➀箱根美術館 その1」と「オススメ美術館シリーズ➀箱根美術館で日本のやきものを堪能!その2」をご覧ください。
オススメ美術館シリーズ➀箱根美術館 その3
箱根美術館は、日本美術を代表する古陶磁器を扱っています。1952年(昭和27年)6月15日に開館し、その創立者は岡田茂吉氏です。「美術品は決して独占するべきものではなく、一人でも多くの人に見せ、娯しませ、人間の品性を向上させる事こそ、文化の発展に大いに寄与する」という信念に基づいて、強羅に美術館を設立しました。
それでは、渥美、瀬戸、信楽の順に展示している作品の一部を紹介していきます。
渥美
愛知県の渥美半島で生産された中世の陶磁器で、常滑窯と同じく平安時代に猿投窯から派生した古窯と考えられています。現在知られている古窯跡は400基近く存在し、さらに未発見の窯跡を調査すれば500基は越す大規模な窯業地であることが分かります。
これらの窯は室町時代中期まで操業していたと推定されています。渥美窯で生産されたやきものには、貯蔵用の壺、甕類、食器としての碗、皿、山茶碗(やまぢゃわん)などが含まれます。祭祀用具としての壺や経塚随伴器、経筒外容器等、渥美窯独自の宗教用具も存在しています。
Atsumi Ware
The stoneware produced in the medieval kilns located on the Atsumi Peninsula in Aichi Prefecture is known as Atsumi ware. Much like Tokoname, it is believed to have originated from the Sanage kiln.
Presently, there are around 400 known ancient kilns, and it's highly probable that more than 100 remain undiscovered. These kilns are believed to have been operational from the early twelfth century to the late thirteenth century.
The primary products manufactured were pots, urns, bowls, and plates used for cooking and dining. Additionally, they crafted religious instruments and ritual ornaments unique to the region. Atsumi ware's histrorical and artistic significance continues to captivate enthusiasts and scholars alike.
㉑片口壺
- 渥美
- 平安時代 12世紀
- Jar
- Atsumi ware
- Heian period, 12th c.
渥美窯の作品の中では、類例の少ない非常に珍しい片口の壺です。この壺は、外向きに広がる短い口、いわゆる先の尖った鳶口で、独自の魅力を醸し出しています。肩から胴にかけてのフォルムは滑らかで、白くきめ細かい胎土の上には、白濁した自然釉が美しい景色を作り出しています。
㉒蓮弁文壺
- 渥美
- 平安時代 12世紀
- Jar
- Atsumi ware
- Heian period, 12th c.
渥美窯は中世に常滑と共に栄えた古窯ですが、この作品には胴部の上部に袈裟欅文と蓮弁文が線刻され、宗教的な目的で使用されたと考えられています。形状は平安時代の常滑窯の三筋壺に似ていますが、口元の折り返しが独特で、胎土も薄茶色の独自の特性を持っており、上半部には自然釉が見られる高品質な作品です。
瀬戸
瀬戸市は、名古屋市の東北約20㎞に位置し、瀬戸市街地を囲む丘陵地帯には数多くの古窯跡があります。瀬戸市内だけでも約500基もの古代の窯跡が存在し、これらの場所からは、平安時代後期の灰釉陶から中世全時期のやきものが発見されています。
当時、瀬戸では朝鮮半島や中国大陸から輸入された陶磁器に強い影響を受け、中世の日本の陶芸の中で最も進歩的なやきものを生み出しました。特に瀬戸独自のデザインとして知られる四耳壺、瓶子、香炉、花器などの高級日用品の他に、仏器類の生産も盛んで、印花文や貼花文が施されたものもあり、やがて鉄釉も取り入れられるなど、瀬戸は日本唯一の施釉陶器の生産地として地位を確立しました。
印花文(いんかもん):陶磁器の装飾法のひとつ。素地や生乾きの柔らかいうちにスタンプ状に文様を押したもの。
貼花文(てんかもん):陶磁器の装飾のひとつ。陶磁器の表面に粘土で作った模様を貼る付ける技法。
施釉陶器(せゆうとうき):素地が土で、素焼きした後に釉薬を掛けて焼成したもの。
Seto Ware
Strategically located just 20 km north-east of Nagoya city, Seto boasts around 500 ancient kilns that played a pivotal role in shaping Japan's medieval pottery scene. These kilns yielded a rich array of ceramics, ranging from 13th century ash glazed earthenware to later period masterpieces.
Influenced by the sophisticated stoneware technique of China and Korea, Seto ware unerwent significant advancements. The repertoire expanded to include exquisite items such as quadruple-lugged jars, urns, incense burners, flower vases, and other high-end utensils, alongside Buddist instruments.
Seto stood as the exclusive medieval Japanese hub for the production of iron-glazed ceramics.
㉒灰釉瓶子(かいゆうへいし)
- 瀬戸
- 鎌倉時代 13世紀
- Bottle
- Seto Ware
- Kamakura Period,13th c.
この瓶子の形状は、中国北宋時代の磁州窯(じしゅうよう)などで見られるもので、裾に向かって直線的でゆるみのない姿が特徴で、瀬戸では初期に数多く焼かれた器種のひとつとなっています。箆(へら)で綺麗に整形した器面には淡緑色の灰釉が施され、肩部から胴部にかけて幾筋もの縞模様ができています。
磁州窯:中国の陶器の一種。中国河北省磁州(現在の磁県)を中心に華北一帯に広がった窯業地とその製品の総称。起源は唐代と言われ、素地に白土をかけ、その上に鉄絵や地になる部分の白土を掻き落とす手法で文様を施し、透明の釉(うわぐすり)をかけた堅い陶器。
㉓劃花文広口壺(かっかもんひろくちつぼ)
- 瀬戸
- 鎌倉時代 14世紀
- Jar
- Seto Ware
- Kamakura Period,14th c.
この広口壺の形は、中国竜泉窯の酒会壺に由来するもので、もとは蓋が付いていたと考えられます。ゆったりとした唐草の彫刻が施され、古瀬戸独特の朽葉色の釉薬をかけられています。鎌倉の覚園寺(かくおんじ)の開山、智海心慧(ちかいしんえ)和尚が所有していた蔵骨壺として知られ、正慶元年(1332)造立の宝篋印塔(ほうきょういんとう)の下の石室から出土した壺が、これと同種の共蓋壺として注目されています。
劃花文(かっかもん):中国陶磁器の文様装飾の一技法。平面をへら、刀またはそれに類した道具で印刻して文様を表現する。越州窯、定窯のものが有名。
宝篋印塔(ほうきょういんとう):墓塔・供養塔などに使われる仏塔の一種。五輪塔とともに石造の遺品が多い。
猿投
猿投窯では、8世紀後半から9世紀前半にかけて、数多くの小形品が焼かれました。大型実用品と同様に、轆轤を用いた精巧な作りで、白い素地に淡緑色の灰釉が特徴です。これらの陶器は祭祀用具として用いられたと考えられ、岡山県笠岡市大飛島の祭祀遺跡などから出土しています。
㉔長頸瓶(ちょうけいへい)
- 猿投
- 平安時代 9世紀
- Long Neck Bottle
- Sanage ware
- Heian period, 9th c.
㉕三耳瓶(さんじへい)
- 奈良時代 8世紀
- 猿投
- Bottle With Three Handles
- Sanage Ware Nara period. 8th c.
これは双耳瓶の古式を示すタイプです。外側にラッパ状に開く口頸瓶を思わせますが、この壺は大きな底部と丸底を持ち、両肩と胴の中央からそれぞれ縦耳が付いています。特に猿投ならではの鉄分が少ない極めて良質の陶土が使用されており、焼成も優れ、肩に明るい緑色の自然釉が施されています。
信楽
信楽焼は、滋賀県甲賀郡信楽一帯で、鎌倉後期の13世紀後半頃から始まったと考えられています。信楽は常滑焼の影響を受けており、中世における主なやきものは、他の中世窯と同様に壺、甕、擂鉢などです。
信楽の陶土には石英、長石が豊富な花崗岩が用いられているため、よく焼き締まり、赤褐色を帯びた美しい器肌が特徴です。また、白玉を散りばめたような器肌も独特の風合いを醸し出しています。
Shigaraki Ware
Originating in the late-thirteenth century, Shigaraki ware evolved under the influence of Tojoname ware in the Koga, Shiga prefecture. Medieval kilns in the Shigaraki ware tradition primarily crafted pots, vases and mortars. The clay used is typically abundant in quartz and feldspar, resulting in a distinctive hard surface adorned with embedded stone fragments.
㉖壺
- 信楽
- 室町時代 15世紀
- Jar
- Shigaraki ware
- Muromachi period, 15th c.
古信楽の壺で、数においてもっとも多いのはこの種のもので、俗に「種壺」と呼ばれるものです。これは米や豆などの穀物の種を収め、翌年まで保存するために使用されたと考えられます。
段積み成形を用い、灰白色の素地が鮮やかな赤褐色に焼成され、素地の中に含まれた長石粒が融け、器肌には小さな白玉が散りばめられたように吹き出しています。また、黄緑色の自然釉が肩にかかり、全体的に、古信楽の壺でこれほど見どころの多い、景色の良い壺はないと言われています。
㉗壺
- 信楽
- 南北朝時代 14世紀
- Jar
- Shigaraki ware
- Nanbokucho period, 14th c.
この信楽大壺は南北朝時代のやきものです。口の立ち上がりは低く、幅広の緑帯が目を引きます。胴部は中世の信楽焼によく見られる5段継ぎで、段継ぎの跡がはっきりと残っています。胎土は長石や珪石を多く含み、粗い質感が特徴です。
焼成温度はやや低く、土は明るい器肌に仕上がり、自然釉は独特の光沢を放っています。全体的に広がる火色が温かみを感じさせ、この作品をより魅力的にしています。
㉘桧垣文壺(ひがきもんつぼ)
- 信楽
- 南北朝時代 14世紀
- Jar
- Shigaraki ware
- Nanbokucho period, 14th c.
胴の中央に角張りがあり、この種の甕・壺は昔から常滑に見られるスタイルであり、この壺はその流れを汲むものです。信楽特有の長石粒を多く含んだ灰白色の素地を使用し、紐土巻き上げの三段積み継ぎ成形で仕上げられています。口は外開きし、溝があります。また、珍しい箆彫り(へらぼり)の桧垣文(ひがきもん)が施されています。小さい長石粒が溶けて散りばめられた赤褐色の素地に淡緑色の自然釉が流れて、美しい景色を演出しています。
桧垣文(ひがきもん):斜めに交差した連続する文様。または、縄目文ともいう。これは信楽焼の特徴のひとつとされる。
㉙仏三尊像(ぶつさんそんぞう)
- 中国 唐時代
- 石造
- Buddha Triad
- China, Tang Dynasty
- Stone
㉚仏三尊像(ぶつさんそんぞう)
- 中国 北周時代 6世紀
- 黄花石造
- Buddha Triad
- China, Northern Zhou Dynasty, 6th c.
- Stone
㉛降魔成道(ごうまじょうどう)
- パキスタン クシャーン 3世紀
- Temptation By Mara and His Host
- Pakistan, Kushan, 3rd c.
まとめ
「オススメ美術館シリーズ➀箱根美術館で日本のやきものを堪能!」はいかがでしたか?それぞれの土壌で培われた古陶磁器を時代別、地域別に観ていくと、日本がいかに豊かな風土であるのかを実感できます。もし箱根を訪れる機会があれば、ぜひ足を運んでみてください。自然美も楽しめる箱根で、充実したひと時が過ごせることでしょう。
◆箱根美術館 (Hakone Museum Of Art) 情報◆
所在地:神奈川県足柄下郡箱根町強羅1300
TEL:0460-82-2623
開館時間:4月~11月 9:30-16:30(最終入館16:00まで)
12月~3月 9:30-16:00(最終入館15:30まで)
休館日:木曜日(祝休日の場合は開館)、年末年始、展示替え日
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