2004年に公開された『ハウルの動く城』は、ファンタジーとドラマが見事に融合した名作です。イギリスの作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズの小説『魔法使いハウルと火の悪魔』を原作したこの作品は、公開時に日本国内で興行収入196億円を記録し、世界中で多くのファンを魅了しました。さらに、第78回アカデミー賞では長編アニメ映画賞にノミネートされるなど、国際的な評価も得ています。
今回は、『ハウルの動く城』のストーリーやキャラクター、映像美、そしてメッセージ性に注目し、その魅力を分かりやすく解説します。ファンの方には新たな発見を、これから鑑賞する方には作品をもっと楽しむためのヒントをお届けします。それでは、ハウルの世界へ一緒に飛びこんでみましょう!
ジブリの名作を深堀り!ハウルの魅力を徹底解説!
基本情報
ハウルの動く城(Howl's Moving Castle)2004
本作は、イギリスの作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズさんが1986年に発表した小説『魔法使いハウルと火の悪魔』を原作とし、宮崎駿監督が手掛けた映画です。ジョーンズさんの『ハウルの動く城』のシリーズは全3作。『アブディラの呪い』と『チャーメインと魔法の家』が続編として展開されています。
ダイアナ・ウィン・ジョーンズさんは、ファンタジー作家として知られ、ウィットに富んだストーリーテリングで多くの読者を魅了してきました。興味深いことに、ジョーンズさん自身がスタジオジブリと宮崎監督の大ファンで、映画化にあたり「宮崎監督の解釈を楽しみにしている」と喜びを語ったそうです。
ところで、『ハウルの動く城』は、ファンタジーであると同時に、本格的な恋愛映画でもあります。『ジブリの教科書13ハウルの動く城』には、プロデューサーの鈴木敏夫さんによると、宮崎監督は制作初期に「今回は本格的な恋愛映画を作ろう」とスタッフに説明したとありました。つまり、『ハウルの動く城』はファンタジーとラブストーリーが見事に融合した作品なのです。
主人公ソフィーの誕生の背景
物語の主人公ソフィーは、帽子屋で働く普通の少女。しかし、荒地の魔女による呪いによって、一夜にして90歳の老婆に変えられてしまいます。この呪いが物語の大きな転機となり、ソフィーは自分の新しい居場所を見つけるため、旅に出ることを余儀なくされます。
実は、このユニークな設定には、原作者ダイアナ・ウィン・ジョーンズさん自身の体験が反映されています。彼女はある日突然、牛乳アレルギーを発症し、体が思うように動かなくなるという苦い経験をしました。この出来事が、若い女性が老婆に変わるというソフィーのキャラクター設定に影響を与えたのです。この経緯について、ジョーンズさんは2004年の読売新聞のインタビューで語っています。ソフィーの旅路は、原作者自身の経験が投影されていました。
原作者ジョーンズさんとソフィーの魅力
🔽読売新聞に掲載されたインタビュー
・「ハウル」原作者 ダイアナ・ウィン・ジョーンズさんに聞く—前編(2004年10月5日 読売新聞)
・「ハウル」原作者 ダイアナ・ウィン・ジョーンズさんに聞く―後編(2004年10月8日 読売新聞)
ジョーンズさんは晩年まで多くのファンタジーファンに愛されましたが、2011年に76歳で惜しまれながらこの世を去りました。彼女が遺した豊かな物語の中でも、ソフィーというキャラクターは特に多くの人々の心をつかんでいます。
ソフィーが呪いによる外見の変化を乗り越え、内面の強さと自分らしさを発揮する姿は、困難に立ち向かいながら成長していく人間の力を象徴しています。この作品は、年齢や性別を問わず幅広い読者に共感を呼び起こし、この作品の魅力を支える大きな要素になっています。
〈キャスト〉
原作:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
脚本・監督:宮﨑 駿
プロデューサー:鈴木敏夫
音楽:久石 譲
主題歌:倍賞千恵子
〈声の出演〉
ソフィー:倍賞千恵子
ハウル:木村拓哉
荒地の魔女:美輪明宏
カルシファー:我修院達也
マルクル:神木隆之介
かかしのカブ:大泉 洋
ヒン:原田大二郎
サリマン:加藤治子
上映時間:約119分
配給東宝公開日:2004.11.20(土)
『ハウルの動く城』のあらすじ
『ハウルの動く城』は、ファンタジーの王道的な要素を持ちながら、人間の内面や成長を描いた深いドラマとしても楽しめる作品です。
魔法と科学が共存する不思議な世界。18歳のソフィーは、亡き父の帽子店を切り盛りしながら静かに暮らしていましたが、ある日、町で兵士に絡まれたところを見知らぬ青年に助けられます。その青年の正体は、町の人々が恐れる魔法使いハウルでした。その夜、ソフィーは店に現れた荒地の魔女に呪いをかけられ、90歳の老婆にされてしまいます。
家族にも打ち明けられずに家を出たソフィーは、荒地をさまよった末、動く城に住むハウルのもとにたどり着き、家政婦として働き始めます。城の中は奇妙な仕掛けがいっぱいで、暖炉には火の悪魔カルシファーが住んでいます。ソフィーは新しい環境で生活をしながら、次第にハウルに惹かれていきます。
ところが、ハウルも荒地の魔女や戦争に巻き込まれ、国王から戦争協力を強制されてしまいます。それでも、ハウルは自由を求めて抗い続けます。
一方で戦争の火は、町や荒地に向かって広がっていきます。ソフィーとハウルは呪いと戦争を乗り越え、幸せをつかむことができるのでしょうか。
ハウルとの出会いが織りなす物語
旅の途中でソフィーが出会うのは、美しく魅力的ながらもどこか気紛れで謎めいた魔法使いハウルです。彼の「動く城」に身を寄せることになったソフィーは、次第にハウルの隠された弱さや孤独を知るようになります。表面上は軽薄に見えるハウルもまた、戦争の悲劇や自身の魔法の力に縛られ、苦しんでいました。
2人は交流を通じて、お互いに変化していく様子が丁寧に描かれています。見た目だけでは分からない気持ちや、互いに支え合うことで癒されていく過程も見どころです。
戦争を背景にした重厚なテーマ
『ハウルの動く城』は、一見ファンタジーのように見えますが、その背景には戦争という重いテーマが描かれています。空を飛ぶ爆撃機や破壊された街並みは、現実の戦争を想起させ、宮崎監督が持つ反戦のメッセージが込められています。戦争を忌み嫌いながらも、戦闘に巻き込まれていくハウルの姿は、戦争が人々に及ぼす深い影響を象徴しています。
この作品は、登場人物たちの現実的な悩みや葛藤を丁寧に描くことで、リアリティーと深みを持たせています。戦争という悲劇の中で、それぞれが生きる上で何が大切なのかに気付き、その後に何を選択し、どのように生き抜いていくかというテーマが物語の全体を通じて問われています。
キャラクターの個性と魅力
ソフィー 強さと優しさを兼ね備えたヒロイン
この作品の主人公ソフィーは、帽子屋で働くごく普通の少女。しかし、荒地の魔女による呪いによって、90歳の老婆の姿に変えられてしまいます。この呪いが物語の大きな転機となり、ソフィーは家を飛び出し、自分の居場所を見つけるために旅に出ます。外見が変わることで、内面の強さや勇気が引き出されるソフィー。彼女は次第に成長していきます。
ソフィーのキャラクターは、物語が進むにつれて大きく変化します。呪いによって老婆に変えられてしまう不幸な状況にありながらも、彼女は自分の力で困難に立ち向かいます。彼女の中には、若さゆえの自己肯定感の低さと、老婆になったことで得た冷静さが同居しており、その対比が彼女をより魅力的に見せています。
さらに、ソフィーの心の状態が彼女の外見に反映される演出も見逃せません。自信を持ち、強く意志を示す場面では、彼女の姿が若返ることがあります。これは、外見を単なる呪いの結果としてではなく、心の在り方を象徴するものとして描いていることを示しています。
ハウル ミステリアスで多面的な魔法使い
ハウルは、美しい外見と強大な魔力を持ちながらも、内面に複雑で繊細な一面を抱えるキャラクターです。一見、軽薄で自己中心的に見える彼ですが、実は戦争や責任から逃れたいという弱さや、傷つきやすい心を持っています。この矛盾した性格が、彼を非常に人間的で魅力的な存在にしています。
特に注目すべきは、ハウルの「心臓を失った魔法使い」という設定です。彼はかつて自らの心臓を火の悪魔カルシファーに預けたことで、強大な力を手に入れましたが、その代償として、感情や人間らしさを失いかけています。ソフィーとの出会いが、彼に失われたものを取り戻すきっかけを与え、心を取り戻す旅として描かれています。
カルシファー ユーモアと温かさを持つ火の悪魔
「動く城」を動かす源であり、火の悪魔であるカルシファーは、ユーモラスで親しみやすい存在です。一見、皮肉屋で強気な性格に見えますが、実はソフィーやハウルを密かに気遣う優しさを持っています。彼のキャラクターは、シリアスな物語の中で笑いと温かさを提供する貴重な存在です。
カルシファーは、ハウルの心臓を守るという重大な役割を担っていますが、その契約によって自由を失い、苦しんでいるという側面もあります。この「自由を求める火の悪魔」というテーマは、他のキャラクターと共鳴し、ドラマ全体をより深いものにしています。
押さえておきたいトリビア
なんと、『ハウルの動く城』には9人の魔法使いが登場していた!
それでは、登場する魔法使いたちを順番に紹介していきます。
ハウル
ハウルの魔法使いとしての特徴は、本体が鳥であることです。戦闘の時には、鳥の姿に変身しますが、長時間その姿で戦うと、人間の姿に戻るのが難しくなるリスクがあります。
それと、ソフィーがハウルの城に最初に訪れたとき、どうしてすんなりと入れたのでしょうか。それは、カカシがくれた杖のグリップ(握るところ)の部分に鳥の彫刻が施されていたからです。それが通行証の役割を果たしていたのです。カルシファーがそれに騙されてソフィーを城の中に通してしまいました。
荒地の魔女
何となく荒地の魔女は太っていてブサイクなイメージが浮かびがちですが、実は物語の冒頭では全く違う姿で描かれています。ソフィーの店を訪れた時の彼女は、色っぽい淑女でした。整った顔立ちや洗練された雰囲気が印象的で、その場でソフィーに呪いをかけるシーンでは、冷酷さと美しさを併せ持つ恐ろしさが際立っています。
物語が進むにつれて、荒地の魔女の弱さや人間らしさが描かれます。最初は敵役として登場するものの、例えば、物語の中盤では、王宮へ続く階段を上って行くシーンで、彼女は徐々に疲れ果てて、汗だくで容姿が崩れていきます。この変化は運動不足のためではありません。実は、荒地の魔女は光に弱いんです。
最初に登場するシーンでは輿に乗っていましたが、太っているから歩くのが面倒で乗っていると思ってしまいますが、決してそうではなく、光を徹底的に遮断するためであり、輿には黒いカーテンが付いていました。
黒カーテンのついた輿から降り、日差しの下を歩くことを強要された荒地の魔女は、太陽光を浴び続けるうちに急激に老け込み、力を失ってしまいます。さらに最後には、サリマンに騙されて入った部屋で強烈な電球の光に照らされ、影が無くなったことで完全に魔力を奪われ、ただのお婆ちゃんへと戻ってしまいます。
荒地の魔女は、光という弱点を持ち、徐々に人間らしい一面が描かれています。その複雑さが、物語に深みを与えています。
カカシのカブ
物語の最後で、カカシのカブが呪いを解かれ、王子様の姿に戻るシーンは、一見すると唐突で単純な展開に思えるかもしれません。しかし、実際には物語の随所にその伏線が散りばめられています。
物語の中盤、ソフィーが洗濯物を干す場面で、カカシはそれを手伝います。この時、マルクルとソフィーが「洗濯物が好きなんだな」と語りかけるセリフがありますが、カカシの視線は遥か遠くの山々に向けられています。彼の心には「国に帰りたい!」という強い想いがあったのでしょう。つまり、カカシのカブは国に帰るチャンスと人間に戻るチャンスを窺っていたのです。
どうしてカカシが魔法使いかというと、最後の場面で、サリマン先生が水晶の中に映ったソフィーたちを見ているところで、ソフィーたちが手を振っているとき、王子様に戻ることができたカカシは、棒に乗ったまま空を飛んで故郷の国に帰っていきます。この時点で呪いが解けているはずなのに、どうしてカカシは棒に乗り、空を飛んで帰るのでしょうか。何故なら、カカシは魔法使いだからなのです。
王子様なのに魔法使いって変ですね。それは、魔法が使えない、科学の力を戦力にしているハウルの国とは違い、カカシの国は国体が違っていて、王様も魔法使いであり、魔法使いが統治しているのです。それ故に、サリマンは国立魔法学校を設立して、その国に対抗するために優秀な魔法使いを育成していました。
王子様をカカシにしたのは、やはりサリマン先生です。つまり、隣国に攻撃をしかけたのはハウルたちの国でした。
マルクル
ハウルの弟子で、城の住人の一人。幼さと賢さが同居した彼のキャラクターは、観客に親しみを感じさせます。彼の存在が城の中の家族のような温かい雰囲気を生み出しています。つまり、マルクルはマスコット的な役割が与えられています。
三下の飛行怪物
三下の飛行怪物は映画の中盤くらいに出てきます。ハウルと空中で戦うシルクハットを被った怪物です。これらに対してハウルは、三下の同業者が現れたというふうにカルシファーに言うと、「あいつら、もう人間に戻れないな」と言います。同業者とは、おそらくハウルと同じ境遇のサリマン先生に呼び出された魔法使いであり、もう人間に戻ることができないくらい変身をさせられた身の上だということです。
ヒン
ソフィーを助ける犬のようなキャラクター。彼の行動には謎めいた部分が多く、物語に意外性と可愛らしさを加えています。ヒンはじつは宮崎さん自身で、「犬人間」でした。宮崎監督の最初の企画書にそう書いてあったそうです。サリマン先生によって、「お前は犬としてずっと私に仕えて、スパイの役割をしなさい」と言われます。だから、終盤にヒンがサリマン先生をあざ笑うと、「この浮気者!」と言われます。本当は「この裏切り者!」ではなく、「この浮気者!」というふうに言ったということは、サリマン先生が自分の手下にしているような者たちは、基本的に全員恋人だったということです。恐るべしサリマン先生なのです。
ヒンが魔法使いだというのは、人間を犬にして何十年も使役しているサリマン先生の残酷さを表現しています。そのシーンはソフィーがヒンを持ち上げて階段を上るところです。ここで持ち上げたヒンは、ソフィーが思っていたよりもずっと重く、何故なら、犬に変身させられたが、体重はもとの人間のままだということです。だから、ソフィーが「なんであんたはこんなに重いのよ!」と言いながら一生懸命持ち上げています。
サリマン先生を通じて女の怖さを表現しながらも、抜かりのない宮崎さんはしっかりと計算していて、可愛い犬とマルクルという小さな男の子を登場させたのは子供人気を狙ってのことでした。プラスカルシファーで子供の心を掴む黄金の3キャラなのです。
サリマン先生
言うまでもなく、サリマン先生は魔法使いであり、魔法学校の校長先生みたいな存在です。そして、『ラピュタ』の女ムスカみたいなキャラクターです。サリマン先生の近くにハウルの子供時代にそっくりの男の子たちが仕えています。岡田斗司夫さんはそこの分析を次のように語っています。
「かつてのサリマン先生とハウルの関係のエロさというか、ドロドロさというのを感じますね。こういった部分を、もうちょっと見てあげた方がいいと思うんですよ。宮崎駿は、別に手を抜きたいから、あそこに出てくる小姓たちを同じ顔にしたんじゃないんですよ。「ここにはないかあるよ?気が付くだろ?女って怖いからな」というふうに描いているわけですね。
ソフィー
ソフィーは魔女だということを言う人はあまりいませんが、実は彼女がそうであることを宮崎監督はきちんと描いていました。それは、最後のシーンで黒いリボンの帽子をかぶっています。ずっとソフィーは外出するときに麦わら帽子を被りますが、それには赤いリボンが付いていました。ところが、ラストシーンにだけ、麦わら帽子のリボンが黒なんですね。
思い出してほしいのですが、『魔女の宅急便』の時代から黒は魔女のシンボルカラーです。岡田さん曰く、「宮崎さんとしては、ここで黒いリボンを見せたのだから、ソフィーが魔女だってことを一々言わなくても分かるでしょ?というメッセージを残した」ということです。
『ハウルの動く城』には、ソフィーを入れて9種類の魔法使いが登場しています。それぞれが異なる背景や目的を持ち、物語に奥行きを与えていました。こうした多彩なキャラクターたちが、複雑でありながら魅力的な世界観を作り上げているのです。
宮崎監督の作品は単純明快では決してなく、一見するとシンプルに見えますが、奇想天外なアイディアやテーマが上手く重なり合っています。この絶妙なバランスこそが、宮崎作品の魅力であり、面白いところだと思います。
ハウルの豆知識
ハウルはご都合主義?実は巧妙に計算され構築されたストーリーだった!
『ハウルの動く城』は、一見するとご都合主義的で無茶苦茶な展開に見えることがあります。特に、男性の中には「物語がイマイチ」という声もあるようです。しかし、実はこの物語には、「女性向けのロマンス」と「男性向けの家庭論」という二重構造が隠されているのです。これが、作品を観て感動する人と、文句を言う人に分かれる理由だといいます。
ロマンスと家庭論が織りなす二重構造
岡田さんによると、『ハウルの動く城』は女性にとってはロマンスの物語として、男性にとっては家庭というテーマを扱った物語として機能します。ハウルとソフィーの関係性を通じて、愛や責任、家庭の役割が描かれており、観る人の視点によって異なる側面が見えてくるのです。
宮崎作品の変遷と『ハウル』の独自性
宮崎駿監督の過去の作品は、対立構造を主軸とした物語が多いのが特徴です。たとえば、『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』では、自然と人間、破壊と再生といったテーマが、弁証法(テーゼ→アンチテーゼ→ジンテーゼ)のように展開されていました。『もののけ姫』では、自然を守るサンと、鉄を作り自然を破壊する人間が対立しながら共存を模索する構造が描かれています。
一方で、『ハウルの動く城』は対立構造よりも、キャラクターの成長や絆を中心に据えています。そのため、対立の明確さを求める視点から見ると物語が曖昧に感じられるかもしれませんが、実際には非常に緻密に計算されたストーリーなのです。
『ハウル』が描く「動く城」
動く城は、ハウルの自由な生き方と不安定な心を象徴する存在です。同時に、ソフィーが家庭を築き、居場所を見つけていく場でもあります。これにより、作品はロマンスとしても家庭論としても成り立ち、多面的な魅力を持つのです。
『ハウルの動く城』は、一見シンプルで無茶苦茶に見える展開の中に、多層的なテーマと巧妙なストーリーテリングを秘めた作品です。その奥深さに気づくと、作品をもっと楽しめるかもしれません。
物語は対立構造から二重構造へ進化
宮崎駿監督の作品は、『風の谷のナウシカ』や『もののけ姫』の頃までは、「対立構造」を中心に展開されていました。この構造では、相反する立場や価値観を持つキャラクターやテーマがぶつかり合い、物語が進んでいきます。しかし、この手法では、明るく楽しいハッピーエンドを描くのが難しいという課題がありました。
二重構造への進化
『千と千尋の神隠し』をはじめとする後期の作品では、物語の核が「二重構造」に変化しています。これにより、より多層的で奥深い物語が生まれると同時に、観る人にとっての受け取り方が多様化しました。
例えば、『千と千尋の神隠し』では、一見「両親が無事に帰り、千尋も元の世界に戻る」というハッピーエンドのように描かれています。しかし、その裏には、千尋が黄泉の国で働き、自らの成長を通じて両親を救い出すという別の側面が存在します。このように、表と裏の二重の意味を持つ物語が展開されているのです。
『ハウルの動く城』における二重構造
『ハウルの動く城』でも、この二重構造が見られます。表面上は、ソフィーとハウルのロマンスや、戦争というテーマに焦点が当たっています。しかし、同時に、ソフィーが自分の居場所や役割を見つけて成長していく物語、そしてハウルが責任を引き受けることで人間性を取り戻していくという内面的なテーマが進行しています。
二重構造の魅力
この二重構造により、宮崎監督の作品は、一度観ただけでは理解しきれない奥深さを持つようになりました。それぞれのキャラクターや出来事が多面的な意味を持ち、観る人によって異なる解釈ができるのです。この進化したストーリーテリングは、宮崎監督の作品が幅広い世代に愛される理由の一つといえるでしょう。
宮崎監督の考える家庭
『ハウルの動く城』が二重構造の物語として、表面には女性向けのラブロマンスが描かれています。物語の結末は、ソフィーは好きな人と仲間たちと一緒に城で新たな生活を始めるという、まさに超ハッピーエンドになっています。しかし、それでは裏面はどうかというと、岡田さんによると、宮崎監督独自が持つ"家庭論”が盛り込まれているのです。それがこの作品を奥深いものにしています。
ソフィーの視点で描かれた物語
男性陣の中には、ラスのシーンで出てくるカカシの正体が隣国の王子だったとか、解放されたカルシファーが一緒にいたいと言って戻ってきたという辺りの展開が、ものすごくご都合主義に見えてイマイチだという人も多いはずです。しかし、ちょっと信じがたいですが、『ハウルの動く城』は宮崎監督が綿密に計算して構築した物語なのです。それなのに、なぜそれが分かりにくいのかといえば、この作品の視点が全編に渡って主役のソフィーのみで語られているからです。
ラストシーンに出てくるリンゴが描かれた旗
この作品の最後は、城が飛んでいて、「戦争から解放されたハウルたちは、空の上で幸せに暮らしました」という究極のハッピーエンドが描かれています。しかし、そんな単純なラストではありませんでした。
裏庭には、犬のヒンと遊んでいるマルクル、そして、本を読んでいるお婆ちゃんがいます。暖炉にはカルシファーがいて、その横には洗濯物が風にたなびいていて、皆仲良く暮らしているシーンに見えます。ところが、見逃してはいけないのが5つのリンゴが描かれた旗です。
5つのリンゴの意味とは?
赤いマルで囲んだこの旗にどんな意味が込められているのか。実は、この城に5人の魔法使いが住んでいることを表しています。
その5人とは誰のこと?
- ハウル
- ソフィー
- マルクル
- 荒地の魔女
- カルシファー
だけど、物語を振り返ると、荒地の魔女はもう魔法が使えないですし、それにマルクルはまだ一人前の魔法使いではないですね。岡田さんはこの旗について、これはダジャレなんだと言います。この旗に描かれているのは「りんご」。つまり、「隣国」の旗であって、どういう意味かというと、「いずれ私は帰ってきます」と言ったあの隣国の王子様が、この時点でこの城に帰ってきていて、皆と一緒にこの城に住んでいるということなのです。
女子の究極のハッピーエンド
岡田さんは、さらにこのラストシーンについて宮崎さんのメッセージを読み解いています。ソフィーは、最後は自分の気に入った人全員を城の中に取り込んで家族にしています。家族であるのなら、美人の妹さんやお母さんも一緒に呼べば良いのに、彼女たちは除外して自分が好きだと思った人、キスをした相手のみを家族として、歳をとらない、時間が止まった幸せな世界の中で、永遠の時を生きている。これは、女の子が望む究極の幸福なんでしょ?と宮崎監督は表現していると言います。
確かにほのぼのとした日常の断片を描いた風景の中に、魔法が解けてカブから戻った隣国の王子様まで実際に描いてしまうとどぎつい話になるので、ここではこの旗のみを見せているのでした💦。
まとめ
『ハウルの動く城』の秘密に迫る!知られざる裏設定とトリビア10選、いかがでしたか?この作品には、表面的なロマンスやファンタジーだけでなく、宮崎監督独自の家庭論や二重構造といった深いテーマが隠されています。これを知ることで、物語の背景やキャラクターの内面にさらに感情移入できるはずです。
近日、金曜ロードショーでの放送が予定されています。この機会に記事で紹介したトリビアを参考にして作品を観ると、より作品を楽しむことができます。新たな発見があること間違いなしです。
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🔸Author:あみ(Ami)🔸
メディアプロデューサー/英語講師
日本の私立短大家政科卒。証券会社に就職後、渡米。大学でテレビ、ラジオ、及び映画制作を学ぶ。卒業後、日本のテレビ・ラジオ・出版などマスメディアの仕事に従事。趣味は日本文化・伝統芸能・ヨガ・旅行・料理。近年は心理学・歴史・神社仏閣の造詣を深める。2019年、神社検定弐級合格。