都心から気軽に訪れることができる自然が豊かな箱根。この風光明媚な地に佇む箱根美術館で、縄文時代から丹波、瀬戸、備前、信楽など、素晴らしい日本のやきもののコレクションを堪能できます。
前回のブログに引き続き、今回は、珠洲、越前、丹波、備前、常滑に焦点を当て、詳しく掘り下げていきます。我が国最古の土器は、「オススメ美術館シリーズ➀箱根美術館 その1」をご覧ください。
オススメ美術館シリーズ➀箱根美術館 その2
箱根美術館は、陶磁器に焦点を当て、数々の逸品を扱っています。1952年(昭和27年)6月15日に開館し、創立者である岡田茂吉氏は、「美術品は決して独占するべきものではなく、一人でも多くの人に見せ、娯しませ、人間の品性を向上させる事こそ、文化の発展に大いに寄与する」という信念に基づき、強羅に美術館を設立しました。
また、岡田氏は「優れた美術品には、人々の魂を浄化し、心に安らぎを与え、幸福を誘う力がある」との考えから戦後は、東洋美術の海外流出の防止を目指しました。
今回のオススメ美術館シリーズ➀箱根美術館・その2では、珠洲、越前、丹波、備前、常滑の順にご紹介します。
珠洲(すず)
珠洲焼は、石川県珠洲市周辺の丘陵地帯で焼かれた陶磁器で、能登半島の東北端で生まれました。珠洲焼は、最近になってから須恵器系の中世陶器の代表的なものとして認識されるようになりました。
現在、約40基の古窯跡が知られており、その遺物は日本海沿岸から東北地方、北海道南部に広く分布しています。甕、壺、擂鉢(すりばち)などが最も一般的で、特に高さ35センチ前後の小さな甕が多く見られ、その器面には独特の条線状の叩き目が施されているのが特徴です。
珠洲焼は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて、北陸地方で重要な窯業地を形成しましたが、室町時代中期には越前窯の発展の前に衰退しました。
Suzu Ware
Suzu City, nestles on the Noto peninsula in Ishikawa prefecture, holds a fascinating place in Japan's medieval pottery heritage.
In recent times, it has gained recognition as a significant site for the production of Sue pottery. With more than 40 ancient kiln sites scattered across the region, the remnants of Suze ware have been discovered along the northern coast of Japan, stretching as far as Hokkaido.
Suzu ware flourished during the 13th century, forstering a thriving ceramics production community. However, it eventually faded into history, succumbing to the rising popularity of Echizen ware in the mid-14th century.
Among the most commonly found Suzu ware pieces are urns and mortars, typically standing around 35cm tall, distinguished by their characteristic stripe imprints on the surface.
⑥叩き目文壺(たたきめもんつぼ)
- 珠洲
- 鎌倉時代 13~14世紀
- Jar
- Suzu Ware
- Kamakura Period,13th-14th c.
珠洲焼の窯跡は、日本海に突出した能登半島の先端に分布しています。珠洲焼は須恵器系中世陶器として独自の地位を築き、灰黒色の素地は、還元焔燻べ焼き(かんげんえんくすべやき)という技法によって生み出されています。
珠洲焼は、鉄分を多く含む珠洲の土で成形し、釉薬は使わずに1200度以上の高温で焼き上げます。高温で溶解した灰が自然の釉薬となり、炭化した素地が灰褐色の艶を生み出します。
この陶磁器は、砂を混ぜた荒い胎土(たいど:陶磁器の素地となる土)を用いて作られ、底部から立ち上げて鉢形を作り、紐土(ひもつち)を巻き上げで胴部を積み上げて形成しています。卵形の器形は珠洲焼によく見られ、その表面は叩き締められ、交互に配置された綾杉状の模様が施されています。
このデザインは、装飾的効果を意図したものであり、この手法は珠洲焼の前半期に見られます。口頸部は外側に向かって締め、器全体が優雅に仕上げられています。
⑦三耳壺(さんじこ)
- 珠洲
- 鎌倉時代 14世紀
- Jar
- Suzu Ware
- Kamakura Period,14th c.
越前
福井県南部の丹生郡越前町平等および熊谷を中心とする織田盆地一帯に広がる越前窯は、北陸における最大の中世窯の一つです。現在、約200基の古窯跡がこの地域で発見されています。
越前の窯は穴窯で、花崗岩などを主とした陶土を使い、甕、壺、擂鉢などの陶磁器が生産されました。古越前の商圏は想像以上に広範囲で、京都北部から岐阜県揖斐郡(いびぐん)の山地地帯、さらには遠く北海道函館付近まで海路を通じ、多くの越前焼が運ばれていました。
Echizen Ware
Echizen ware stands out as the predominant medieval pottery along Japan's northern coast. The majority of ancient kilns are situated in the southern of Fukui prefecture, with around 200 sites known today.
These kilns were known for producing pots, urns and mortars using clays abundant in granite. Echizen ware had a wide-reaching trade network during medieval Japan, being traded from the Imperial city of Kyoto to the destant city of Hakodate in Hokkaido.
⑧壺
- 越前
- 鎌倉時代 13世紀
- Jar
- Echizen Ware
- Kamakura Period,13th c.
この壺の強い張りは、鎌倉時代の多くの窯で見られる特徴を備えていますが、古越前独特の特徴も見られ、角張る肩、引き締まる頸、そして裾など、張りと締りが際立ち、じつに安定感があります。口はラッパ状に広がり、先端は丁寧に面取りされています。
焼き締まった素地には美しい赤褐色を呈しており、口から頸にかけては暗緑色の自然釉が施され、肩部には「+」の窯印が刻まれています。このような完璧な状態で残る陶磁器は非常に珍しいです。
⑨壺
- 越前
- 鎌倉時代 15世紀
- Jar
- Echizen Ware
- Kamakura Period,15th c.
丹波
丹波の壺は中世のやきものの中でも洗練された美しさが際立ちます。ほんのりと火色が発色した素地に、鮮緑色の自然釉が流れるようにかかっている作品など、自然の温かさや素朴な風合いが特徴です。
中世の丹波の陶磁器は、兵庫県篠山市今田町周辺の山々で焼かれました。その起源は、須恵器の伝統を強く残す三本峠窯にさかのぼり、床谷(とこらり)、源兵衛山、太郎三郎(たさうら)、稲荷山など、数々の窯が知られていますが、実際に存在した大量の丹波の陶磁器から見ると、現在知られている古窯跡の数はあまりにも少ないと言われています。
中世の丹波のやきものは、壺や甕が圧倒的に多く、室町時代後期からは徳利型の瓶や桶など、器種の種類が増え、多様性に富んだ作品が製作されました。
Tanba Ware
Tanba ware is celebrated for its elegant appearance, characterized by a hard, raddish surface adorned with the vibrant green of natural glaze. This exquisite pottery was crafted in the mountainous region of Sasayama, Hyogo prefecture, where you'll find a cluster of ancient kilns like Sanbontoge, Tokorari, Genbei-yama, Tasaura and Inari-yama situated in close proximity to each other.
Some of these kilns appear to have employed the Sue pottery method, further adding to the richness of their history. The sheer number of surviving artifacts suggests that there were more kilns in the region than what is commonly known today.
In the early history of Tanba ware, which predates the twentieth century, the primary products were pots and vases. However, as we move into the late fourteenth century and beyond, we witness a diversification in the vessels produced, including bottles and tubs, all of which were crafted in substantial quantities.
⑩壺
- 丹波
- 室町時代 15世紀
- Jar
- Tanba ware
- Muromachi period, 15th c.
⑪壺「康永三年甲申六月上旬」銘
- 丹波
- 南北朝時代 14世紀
- Jar
- Tanba ware
- Dated June 1344
- Nanbokucho period, 14th c.
この壺の肩に「康永三年甲申六月上旬」と刻銘が刻まれています。同様の壺で康永3年(1344)に在銘のものは幾つか知られており、その他にも同年7月、9月など作品も存在しています。康永は南北朝時代初期の北朝の年号であり、これらの壺が足利氏の勢力地域で制作されたことが分かります。
この壺は山土を用いた紐で形作られ、手轆轤による成型の後、釉薬を使わずに焼成されました。酸化焔焼成のため、胎土中の鉄分が出て、茶褐色の色合いが特徴です。平底で、自然釉が肩の上部にかかっているなど、控えめな装飾が魅力的です。
⑫徳利「三年酒」銘
- 丹波
- 江戸時代 17世紀
- Sake Bottle
- Tanba ware
- Edo period, 17th c.
備前
備前の古窯跡は、岡山県伊部市街地を中心に周囲の山々から南北の谷を遡った奥地まで広がっています。この範囲は東西3キロ、南北5キロにわたり、約80基の古窯が現在知られていますが、綿密に調査を進めると、その数はさらに増える可能性があると言われています。
時代によってやきものの種類が変化し、初期には碗、皿、盤などが作られ、後期になると茶道具などの生産も盛んになりました。備前焼は鎌倉時代中期ごろまでは須恵器の焼成技法を採用し、還元焔で焼成したため、器面は灰青色でした。ところが、鎌倉時代後期から、酸化焔焼成に移行し、備前焼特有の鮮やかな赤色の器肌が数多く見られるようになりました。
Bizen Ware
Bizen Ware, originating in the pre-modern province Bizen in Okayama Prefecture, boasts a rich heritage. This pottery is closely associated with the rugged terrain of the region, where numerous ancient kilns are discovered in clusters spanning over 15 square kilometers in the mountainous area.
While approximately eighty kilns are recognized today, but there are probable significantly more yet to be discovered.
Over the centuries, the style of Bizen ware has evolved. In its early days, it primarily produced utilitarian items like bowls, plates, and trays. As time passed and the kilns matured, tea utensils gained prominence in production.
An interesting aspect of Bizen ware is its distinctive transformation. Prior to the mid-thirteenth century, these ceremics were subjected to reduction firing, a technique akin to Sue pottery, hence the ash-blue skin. Later, the ceramics were fired in oxidation, resulting in the burning-red color, that characterizes the ware.
⑬台付大鉢
- 備前
- 桃山時代 16世紀
- Dish
- Bizen ware
- Momoyama period, 16th c.
この時代の平鉢や大皿に比べ、備前焼の大鉢は希少で貴重な作品です。粘り気の強い粘土で、轆轤で形成された豪快な手仕事が内外に刻まれています。
内側の底に足の目跡が4つあり、周囲には自然釉が美しくかかっています。全体には備前特有の塗土が施され、特に外側は光沢が際立っています。備前焼の台鉢の中でも最大級の大きさのやきものです。
⑭四耳壺(しじこ)
- 「天正八年(1580)六月廿一日」
- 桃山時代 16世紀
- Jar with Four Handles
- Bizen ware
- Dated June 21, 1580
- Momoyama period, 16th c.
⑮緋襷徳利(ひだすきとくり)
- 桃山時代 16世紀
- Bottle
- Bizen ware
- Momoyama period, 16th c.
備前焼の緋襷は、焼成する時に作品のくっつきを防ぐために藁や藻が使われますが、特有の緋色が著しく華やかです。桃山時代の四耳壺は比較的多く伝世されていますが、このような棗型の長胴壺に施された緋襷は貴重であり、とても珍しいです。
⑯大甕
- 備前
- 室町時代末期 16世紀
- Large Jar
- Bizen ware
- Muromachi period, 16th c.
三石入(三石とは540リットル)の甕の中で、このような大胆なデザインのやきものはとても珍しいです。地元の人が“ドベ”と言う赤土を塗土しており、その作り手の丹念な手作業が明確に感じられる作品です。甕の胴部に◇|の窯印が刻まれており、これはかつて大規模な窯で共同制作したものです。
⑰大甕
- 備前
- 室町時代末期 16世紀
- Large Jar
- Bizen ware
- Muromachi period, 16th c.
備前焼の二石入(二石とは360リットル)や三石入の大甕は、全国的に有名でした。この大甕には胴部に「二石入」など窯印が刻まれており、特に興味深いのはその分量が明確に刻まれていることです。これはおそらくお酒の貯蔵に用いられたもので、その使途が一目で分かります。また、焼成時の火色が鮮やかで、仕上がりはとても美しいものとなっています。
常滑
常滑焼は、現在の愛知県常滑市を中心に位置する知多半島一帯で、平安時代後期から室町時代にかけて製造されたやきものです。この地域で知られる窯跡は約1300以上あり、未発見のものを含めると3000基以上もの古窯跡が点在しています。この密集した窯跡は、我が国ではもっとも多いと言われています。
古常滑の遺品は、北は青森県から南は鹿児島県の太平洋岸全域にわたり、その供給範囲の広さが窺えます。主に日常生活の雑器が焼成され、ほとんどの製品は帯状の粘土を積み上げて輪を形成する方法で作られ、継ぎ目は木槌で叩き締められています。釉薬は、窯の中で降りかかった灰が釉化した自然釉でした。また、常滑焼は砂気の多い土が特徴です。
Tokoname Ware
In the twelfth century, the pottery flourished in Tokoname and the surrouding districts of Aichi prefecture, Japan. Today, the region boasts over 1,300 known ancient kilns, with many more believed to remain undiscovered, making it Japan's largest archaeological trasure trove of pottery.
Tokoname pottery was renowned for its widespread distribution troughout Japan, finding its way into various forms of domestic vessels. The traditional method of crafting Tokoname pottery involves stacking clay strips and firmly hammering the seams.
The unique glazes on the surface resuly from the sintering of ashes in the firing chamber. Notably, the clay used in Tokoname pottery is characterized by a high sand content.
⑱甕
- 常滑
- 平安時代 12世紀
- Jar
- Tokoname ware
- Heian period, 12th c.
知多半島は、日本の中部、愛知県に位置し、太平洋に面しています。半島における常滑焼の窯芸は壮大なものです。この希少な平安時代の大甕は、優雅な曲線が特徴で、外向きに広がる口作りと、張りのある肩のデザインが際立っています。帯状の粘土を輪積みにした成型で、形状がふくらみに富んでいます。
興味深いのは、予想外に薄作りで、平安期に製作された常滑焼の相対的な特徴と言えます。表面には自然な灰釉がかかり、淡緑色を呈して風景を彩っています。
⑲菊花文大甕
- 常滑
- 江戸時代 18世紀
- Large Jar
- Tokoname ware
- Edo period, 18th c.
まとめ
「オススメ美術館シリーズ➀箱根美術館・その2」は如何でしたか。東京から日帰りで訪れることができる箱根で、大自然と日本の伝統工芸に触れる贅沢な体験ができます。ぜひ、機会があれば訪れてみてくださいね。今回は珠洲、越前、常滑、丹波、備前などをご紹介しました。次回は渥美、信楽、瀬戸の陶磁器の傑作を紹介する予定です。お楽しみに。
◆箱根美術館 (Hakone Museum Of Art) 情報◆
所在地:神奈川県足柄下郡箱根町強羅1300
TEL:0460-82-2623
開館時間:4月~11月 9:30-16:30(最終入館16:00まで)
12月~3月 9:30-16:00(最終入館15:30まで)
休館日:木曜日(祝休日の場合は開館)、年末年始、展示替え日
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