今回おすすめの本は、村上春樹さんの『職業としての小説家』です。 この本は本格的にご自身の小説やその制作について、また文学や世界に対する考えを語り尽くしたエッセイ集。「MONKEY」で連載された村上春樹私的講演録に、大幅な書き下ろし150枚が加わった長編作品となっています。
作家・村上春樹の誕生や作家としての職業など、興味深かったポイントを幾つかご紹介します。
村上春樹『職業としての小説家』
表紙の写真は、荒木経惟(アラーキー)さんの撮影だそうです。
今まで私は世界で読まれている人気作家・村上春樹に注目してきました。正直ファンではありませんが(スミマセン💦)、それでも村上さんの底知れぬ才能は私にも分かりました。どうやって村上さんは小説をかいているのだろうか? 素朴な私の質問に答えてくれたのがこの一冊です。
小説家になった頃
この本の面白いところは、村上さん自身ができるだけ誠実にご自身のことを語られていることだと思います。たとえば、小説家村上春樹が誕生した瞬間について次のように語っています。
広島の先発ピッチャーはたぶん高橋(里)だったと思います。ヤクルトの先発は安田でした。一回の裏、高橋が第一球を投げると、ヒルトンはそれをレフトにキレイにはじき返し、二塁打にしました。バットがボールに当たる小気味の良い音が神宮球場に響き渡りました。
ぱらぱらというまばらな拍手がまわりから起こりました。僕はそのときに、何の脈略もなく根拠もなく、ふとこう思ったのです。「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」と。
第二回 小説家になった頃 42ページ
29歳だった春樹さんがセントラルリーグの開幕戦、ヤクルト vs 広島の対戦を観に行ったときのことだそうです。しかも興味深いのは、それまで作家志望であるとか、小説以外の文章を執筆していたということはなかったというのです。
ご著書の中で、神宮球場で直感したことをご本人はエピファニー(突然のひらめき)と表現していましたが、意味のある偶然の一致のことをいうシンクロニシティだったかもしれないし、または野球観戦に集中してしていたことで自我が無くなり、ゼロポイントフィールドに繋がったとも言えると思います。
ちなみにゼロポイントフィールドとは、人の意識、周りの空間等、物質の元となる素粒子を生み出す場のことです。
どこまでも個人的でフィジカルな営み
村上さんのはデビュー作は「風の歌を聴け」ですが、私はこの作品を読んだのは随分前のことですが、村上さんのこだわりや生き方がこの本に反映されている作品だと思った記憶があります。よく作家の仕事は人生の切り売りと言いますが、村上さんはそれとはちょっと違い、直感を疑わない自信という基礎の上に、ストーリーが展開しているように感じます。
また、興味深かったのは村上さんがご自身の文体について、具体的に言及されていたことでした。最初は英語で文章を書いてから日本語に翻訳していたとは驚きでした。ガチガチの直訳ではなく、自由な意訳。書籍にはそのことを「移植」と書かれていました(笑)
アプローチの仕方が他の作家さんと違うことも作家・村上春樹の大きな特徴のひとつだと思います。観察力があり、固定観念がない。
大卒前からジャズバーを経営していた村上さんが29歳で作家活動を始めた。ときに大胆に新しいことを始められる勇気とエネルギーはまさに直感力のある人の行動だと思います。
小説家の基本は物語を語ることです。そして物語を語るというのは、言い換えれば、意識の下部に自ら下っていくことです。心の闇の底に下降していくことです。大きな物語を語ろうとすればするほど、作家はより深いところまで下りて行かなくてはなりません。
第七回 どこまでも個人的でフィジカルな営み 175ページ
作家として走り続ける
私は記事を書く仕事をしていたので、村上さんのおっしゃることがよく理解できます。物書きは書斎に籠り、机に向かってキーを叩く。もしくは原稿を書く。会社勤めの方からすると楽に思われますが、これがまたやってみると心身のバランスを崩しやすい生活なのに、体調管理ができていないと良いお仕事はできないのです。
また、頭を使うのは想像以上に体力、気力を消費します。厄介なのは会社での縛りがない分、いくらでも怠けることもできます。怠け者の私なんかはとても大変でして、物書きは自分を節することが何よりも必要なお仕事なのです。
そのためには強い精神(心)が必要で、強い心をつくるには健康が第一。多分、そのために村上さんは規則正しい生活を心がけ、健康維持のために30年以上も走る習慣を続けてこられたのではないかなと思います。
まとめ
村上春樹というひとりの作家が誕生し、長い年月、どうやって作家であり続けることができたのか。その答えがこの本に書かれています。村上さんは今までにないタイプの作家であることは間違いありません。それがとても新鮮で自分の中にある何かが刺激されて、筆を取りたくなった方もおられるのではないでしょうか。
SNSなどで自分から発信していくことができる時代。この一冊がきっかけで自分を表現してみようと背中を押された人も少なくないはずです。お時間があるときに、ぜひ読んでみてくださいね。