2019年、年の初めに歌舞伎座へ観劇に参りました。平成最後の正月。今年は新元号が決まる一生に一度か二度あるかという貴重な年であり、新しい時代を迎えるにあたって皇室をはじめとする日本の歴史を振り返るテレビ番組も多くみられますね。
そんな世間の風潮に影響されてか気分は古典芸能ということで、『壽 初春大歌舞伎』を選びました。午後4時半からの夜の部で、演目は上の写真にある通り三作品でした。
新春ということで豪華な役者が勢ぞろい。さすが王道をゆく歌舞伎座です!下記に演目別に登場する役者さんをそれぞれ紹介します。
『壽・初春大歌舞伎』絵本太功記 その①
1.絵本太功記(えほんたいこうき)
🔷絵本太功記 尼ケ崎閑居の場
武智光秀 吉右衛門
操 雀右衛門
武智十次郎 幸四郎
初菊 米吉
佐藤正清 又五郎
真柴久吉 歌六
皐月 東蔵
【ストーリー】時代物の名作 明智光秀の一家の悲劇を描く
この演目は明智光秀の謀反を題材にした義太夫狂言です。義太夫狂言とは、もとは人形浄瑠璃のために書かれた作品で、のちに歌舞伎の舞台向けに作品が書き直されたもの。登場人物の台詞は役者自身が語り、それ以外の状況説明の部分においては竹本が担当します。ちなみに歌舞伎では義太夫節のことを竹本といい、太夫と三味線方が演奏します。
話は戦国時代。大名、武智光秀は主君小田春永を本能寺で討ち果たしますが(本能寺の変のことだとお気づきですね)、母親の皐月は息子の謀反を知り、怒りに震えながら播磨国尼ケ崎の庵室に籠ってしまいます。そこへ光秀の妻、操が息子、十次郎とその許嫁、初菊を連れてやってきます。
春永を討った敵の父親と真柴久吉(羽柴秀吉のことですね)との合戦は免れないと見越した十次郎。父を助けたい一心で、初陣に出る許しを母親に乞います。皐月は討ち死にを覚悟した息子との別れを惜しみつつ、婚約者の初菊と祝言を挙げさせます。
初菊の覚悟
婚約者の初菊はどうにかして十次郎を引き留めようとしますが、十次郎の意志は固く鎧を用意するように頼み、奥へ入ってしまいます。この場面の十次郎と初菊のやり取りはとてもせつなくて、この演目のもうひとつの見どころです。重い鎧を運ぶ初菊の姿に十次郎を行かせたくない思い(重い)と重い鎧が彼女の複雑な胸の内を上手く表現していますね。
支度を整えた十次郎の鎧姿はそれは立派なもので、祖母も母も婚約者も涙を流して出陣を覚悟していきます。皐月は息子の初陣に祝言のお祝いを兼ねて、十次郎と初菊に盃を交わさせます。討ち死にを覚悟した別れの盃でもありました。初菊にとっては結婚と別れが同時で、耐えがたい結婚式になってしまいます。
そこで、「お風呂が沸いたよ」とひとりの僧侶が現れます。一夜の宿を求めて昨晩からこの庵室に滞在していました。なんとこの僧こそ、春永の腹心真柴久吉でした。
十次郎を見送った皐月、操、初菊は奥へ入っていき、場面はすっかり暗くなり、庵室は静寂に包まれます。
母の思い
夜も更け、竹藪から光秀が現れました。久吉がこの庵室に忍び込んだことを目撃した光秀は、いまかいまかと討つタイミングを図っていました。光秀は竹藪から一本の竹を抜き、先を尖らせて竹槍を作って戦いの準備をします。
すると、障子の奥に人の気配。これは久吉だ!と確信した光秀は作りたての竹槍で一突きにします。心痛な呻き声をあげ、よろめきながら現れたのは久吉ではなく、母の皐月でした。愕然とする光秀のところへ操と初菊が駆け付けます。一体どういうことなのか、ふたりはうろたえます。
痛みに苦しみながらも皐月は主君を殺した光秀の母である以上、この報いを受けるのは当然と言い放ちます。母として我が子にこれ以上罪を重ねてくれるなという思いからでした。妻の操からも善い心に立ち返るように祈願します。
ところが光秀は聞く耳を持ちません。そこへ大怪我をした十次郎が戻ってきます。光秀は息絶え絶えの息子に戦場の様子を伝えるよう命じます。瀕死の状態にもかかわらず、十次郎はすでに味方は総崩れ、どうか早く本国へ落ち延びるように父親に言い、案じるのでした。
皐月は父親のために命をかけた息子は親孝行なのにお前はなんだと光秀を責め、十次郎とともに息絶えます。さすがに光秀も涙を堪えることができません。いままで抑えてきたものが一気に噴き出すように、男泣きします。この場面もみどころです。
そこで、遠くから戦の音が聞こえてきます。光秀が松の木に登って様子をうかがうと久吉の軍勢が迫っているのが分かりました。光秀はこの庵室にはもういないらしいとその陣に攻め入ろうとします。
すると家の中から家来を従えた久吉が登場します。そうですね、さきほど一夜の宿を求めて滞在している僧侶が久吉でした。光秀は久吉に斬りかかりますが、久吉に後日山崎で戦おうという申し出を受け、互いに決戦を誓い合います。
ここまでが「絵本太功記 尼ケ崎閑居の段」のお話です。
まとめ
『鬼平犯科帳』の長谷川平蔵を演じる吉右衛門さんのファンで、凛とした佇まいでありながらもどことなく色気を漂わせているお姿に惹きつけられてますが、舞台ではまた違う吉右衛門さんを堪能できて、またまた魅了されました。そして幸四郎さんの十次郎も艶っぽくてとても素敵。初菊の米吉さんとのやり取りは初々しくもやるせない思いも相まって、心打たれる場面でした。
(つづく)